2008年に脱サラしました。人生、谷あり谷あり・・・。そろそろ山に登りたいと思ふ。

脱サラした男の地味な日記

日記

プラマイゼロ

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最終的にプラスの人生もあり、最終的にマイナスの人生もあるかもしれない。が、俺の場合はプラマイゼロになりそうだという気がしている。

36歳で脱サラ後、生活をするのに苦労をして、居酒屋等のバイトをしながら食いつないでいた。その後、テープ起こしの事務所の運営を自分で始めてからは、やっと何とか生活はできるようになってきている。

脱サラ前と生活はだいぶ変わった。会社員時代は、プログラマー、システムエンジニアとして働いていたので、何かと打ち合わせがあったりとかで、社内の人や客先で話をすることはあった。しかし脱サラ後は、バイト先でもあまり会話をすることもなくなった。特に自分でテープ起こしの事務所の運営を始めてからは、ほとんど知り合いと会うこともなく、人と会話をするのは日曜日に両親や妹家族等と一緒に食事をするときぐらい。

会社員時代は出世したいと思っていたので、引っ込み思案な性格の割には、よくしゃべっていたほうだと思う。だけど脱サラした後は、自分が根本的に人付き合いというものがそれほど好きでなく、1人でいることのほうが好きだと実感するようになっていた。かといって、このままずっと人付き合いも特にないまま人生を送るのもどうかと思っていたので、今後テープ起こし以外の事業を展開していき、生活がもう少し安定してきたら、趣味が合う友達などをつくっていきたいとは思っていた。

なんてことを思いつつ日々を暮らしていたのだが、最近、自分が住んでいるマンションの管理組合の理事の順番が回ってきて、しかも流れで俺が理事長になってしまった。しばらく仕事に専念したかったので、できれば理事長になるというのは避けたいと思っていたのだが、まあこれも人生かなという気がしている。

本当にこの3年弱は、日曜日以外に言葉を発することは、ほとんどなかった。別にそのことにそれほど苦も感じてはいなかったのだが、今後2年間ぐらいは、しゃべる機会が激増しそうな感じだ。この1カ月の間で居酒屋等で酒を飲む機会は、この3年弱の間の回数より多くなっている・・・。マンション内で人に会っても、挨拶をする人なんていうのは、ほとんどいなかったのだが、急速に知っている人が増えてきたので、挨拶をする機会も激増している。どっかに出かけて知り合いに会うというのは、時間もかかるし金もかかるので、今後も機会を増やそうとは思わないが、マンションの管理組合関係であれば、打ち合わせをしたり飲みに行ったりするのも、家からすぐ近くなので動きやすい。

この3年弱で極端に少なかった会話量も、今後の2年間でプラマイゼロぐらいになりそうだ。俺の人生を振り返ると、数年間ほとんど会話をしない時期があったかと思うと、その後の数年間は大量にしゃべるという周期が何回かある。

このまま口から言葉を発しない日々が続けば、口が退化して小さくなってしまうかもしれないという不安もあったのだが、それは何とか避けられそうだ。

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